ドストエフスキー原作の人間ドラマ。
黒沢監督はこれを冬の北海道に置き換えて4時間以上にも及ぶ大作にしましたが、配給元の松竹にフィルムを切られ、「そんなに切りたければ縦に切れ!」と言ったのは有名なエピソード。残念ながら我々ファンは、完全版を見ることはできないのです。切られた名残で、ところどころに説明書きが挿入されて物語をつないでいきますが、それほど違和感も覚えないのはさすが黒沢監督。
この映画についてはいろいろと言われたり書かれたりしていますが、私が好きなのは原節子さん演じる那須妙子。登場から印象的で、全体的に暗い映像のなかで、この方が出てくるだけで画面が明るくなるんですね。私はこれで原さんがいいな、と思うようになりました。久我美子との対決シーンは圧巻です。どちらかというと、原さんは黒沢監督よりも小津監督の映画に出ている方が圧倒的に多いんですが、わずかな出演作がこの「白痴」と「我が青春に悔いなし」であります。
「我が青春に悔いなし」は、十五年戦争前後の暗い世相が主の話なんですけど、「原さんのような美女を泥まみれにさせるなんて、黒沢監督ったら悪趣味じゃん」って思ったほど。社会主義者で特高に殺されてしまう夫の藤田進さんも、大学教授の大河内伝次郎さんもいい味出してました。私はどっちも好き。
ここで「特高って何?」なんて思ったあなたは昭和初期の歴史をちょっと調べてみた方がいいです。で、「読売新聞」の正力松太郎が特高の出身だったってことも知っておいた方がいいです。
で、「白痴」に話を戻しますと、原さんのイメージがあって原作のナスターシャ(こっから「那須妙子」って名前になる)を期待に満ち満ちて読んだんですが、映画のが絶対にいい!
「映画を見たら原作は読むな、原作を読んだら映画は見るな」母よ、貴女は正しかった。
(了)