SHOAH(短縮版)

SHOAH(短縮版)

フランス、1985年
監督:クロード=ランズマン

 なぜかうちに「SHOAH」があって、喜んで(という言い方も語弊があるかもしれませんが)見出したら、実はカットしたバージョンだったのでがっかし。278分とか書いてあったから短いなぁ、とは思ったのですが、元のが9時間だったはず、という確信がいささか怪しかったのでした。でも、ぐぐってみたら、Amazonで9時間と紹介されてたので、タイトルに(短縮版)とつけました。いつか完全版を見たら、そっちのレビューもちゃんと書こうと思います。

たきがは、映画を見ながらメモを取るのはしません。基本的に映画は映画館で見るのが原則なので、取るに取れないという事情もありますが、ビデオやDVDで見てもメモを取りながら見ることはありません。よって、記憶力だけで書いているので細部がかなり怪しかったりします。ただ、メモを取るということは映画に没頭してない証拠ですんで、映画に没頭したい時にはメモは邪魔です。それに取ったメモを見ながら思い返す感想よりも、見た記憶と感じたことだけに頼った、悪く言えばその場の勢いが頼りの感想の方が絶対におもしろいと思います。これはたきがはがあんまりドキュメンタリー的なのを見ないせいもありますね。基本的にフィクションばかし。

しかし、この映画は最後にメモを取って、全部見終わってからメモを取りながら早送りで見直しました。ドキュメンタリーなのと、出てくる人たちについて感想を書くのに名前がないとわかりにくいかな〜と思ったからです。たぶん、完全版を見直す時もメモを取ると思います。

以下は最初に登場した順。

 フランツ=ズーホメル。元SS伍長。トレブリンカ絶滅収容所勤務。隠し撮り。

日本鬼子」について書かれたレビューをどこかで読んだ時に引き合いに出されてました。つまり、「日本鬼子」に登場した元日本兵の方たちは素顔をさらして自分たちのしたことを告白しているのに、「SHOAH」では隠し撮りされているナチがいる、と。つまり、自分の罪を認めたがらない、と。ただ、この人の証言を聞いていて思ったんですが、どうもナチスの政策は旧日本軍ほど直接的ではないところがあるような気がします。ユダヤ人を打ち、殴り、ガス室に入れて殺したのはナチスですが、意外と直接的な接触は少ないところもあるんですよ。汚いこと、死体の処理は言うに及ばず、ガス室に入れるのとか、ユダヤ人の特務班(ゾンダー・コマンドとか言われますが、全収容所で共通の呼び名だったのかは不明。別に特別な意味じゃなくて英語のスペシャルがドイツ語だとゾンダーになるというだけ)にやらせたり、見張りをドイツ兵じゃなくてウクライナやリトアニアの兵にやらせていることも多い。自分たちが何をしたのかという意識がすごく薄い。誰にやらせていようといちばんの権力者は当然ドイツ兵であったわけですから、最終責任はナチにあると思うんですが、肝心の犠牲者との接触が少ないので−これは意識的に少なくしてると思います。初期の頃はユダヤ人の銃殺もありましたが、射殺する側のドイツ兵への心理的な負担を軽減するためガス殺を考えだし、それも初期のトレブリンカの頃はトラックの排気ガスで殺すという「非効率的」なことをしていたのを、アウシュヴィッツなどで「最も効率的」かつドイツ兵の心理的な負担も軽いチクロンガス殺に行き着いたわけですから−旧日本軍が中国人を強姦し、殺したのと比べると、やり方が全然「スマート」なんですね。犠牲者が、死者が、何を考えていたか、どう殺されていったかと考えることのないやり方、そう思う想像力の欠如、などなど、いろいろと考えさせられる証言です。

 アブラハム=ボンバ。ポーランドのチェンストホヴァ出身の床屋。トレブリンカの特務班で、ガス殺される女性たちの髪を切ったことを証言。映画の撮影時にはイスラエルに在住。

イスラエルの床屋さんでお客さんの髪を切りながら淡々と話します。周囲の人も切られているお客さんも淡々と聞いているのはイスラエルでは珍しくないのでしょうか。疑問が残ります。また、トレブリンカでの体験を話すだけですんで、絶滅収容所トレブリンカからどうやって脱出したのかも不明(ナチスはトレブリンカ収容所を残さず、特務班として使っていたユダヤ人も皆殺しにしていますが、何人か脱出した人もいますが)。

しかし、彼の話は当のチェンストホヴァからのユダヤ人がトレブリンカに送り込まれ、親友の床屋さんが奥さんと妹さんに再会した時に途切れます。「これ以上は話せない」と言うアブラハム氏に「もっと話すんだ。話してくれ」と語りかける監督。この映画では監督がインタビュアーも兼ねています。こういうスタイルはたきがは好みであるし、監督が中立でなければいけない理由などどこにもありません。この映画を作ることを決め、誰にインタビューするのか決めた以上、監督の立ち位置こそはっきりすべきです。

 リヒァルト=グラツァール。トレブリンカの青の特務班。

この映画では「日本鬼子」のように1人ずつのインタビューをつなげてはいません。この前のアブラハム=ボンバ氏の時は一気に流しましたが、リヒァルト=グラツァール氏の時はその前のフランツ=ズーホメル氏の証言と重なるところがあるわけです。で交互に登場します。「青の特務班」とは何か。2人の証言に出てくる「野戦病院」とは、とか。ユダヤ人とナチスの立場から見た相乗的な効果があります。残念なことに本当の犠牲者である殺されたユダヤ人というもう1つの立場にある人びとの証言は永久に得られないわけですが。トレブリンカでもアウシュヴィッツ(第2アウシュヴィッツであるビルケナウ含む)でもそうなんですが、ナチスは到着した犠牲者が無条件にガス室に送り込まれる場合、決してもたもたしていません。ユダヤ人たちを脅かして急かし、あれこれと考えるような時間を与えません。「急げ急げ!」と怒鳴りつけられたという証言は何度も聞きました。当然です。考えさせたら、犠牲者がこれから何が起きるのか気づいてしまうかもしれないし、気づかなくても「余計な」気を回してパニックに陥り、取り返しのつかないことになるかもしれないからです。証言者の台詞にこんなものがありました。「血で汚れた到着場に次の列車は送り込めない」のです。だから急がせます。さっさと服を脱がせ、荷物をその場に放り出させ、鞭と銃と犬と怒鳴り声でガス室に送り込みます。しかし、いくら急がせても急げない人びともいます。老人や親のない子ども、病人です。「青の特務班」とは、こうした人びとをナチスが「野戦病院」と呼んだ処刑場に連れていくための、いわば「トレブリンカの奴隷」でした。そこは4メートルもの深さに掘られた、死体を燃やす穴が中心にある行き止まりの広場です。そこに連れていかれ、時に自分で歩けない人びとを青の特務班が担架に乗せて運んでいき、うなじに1発。ナチスに曰く「よく効く錠剤を1錠」とかなんとかかんとか。ドイツ人はジョーク下手だなぁ(全然関係ありませんが「モンティ・パイソン」で殺人ジョークをナチスに仕向けてってネタあったなぁ)。「人間はよく燃えた」と。「火種を絶やさないようにいつも火がついていた」と。

 ルドルフ=ヴルバ。ビルケナウでユダヤ人の登録係をしていた。1944年4月7日、友人のヴェツラーと初めて収容所の脱走に成功。

最初のうちは笑って話しているように見えたんですよね。ゾンダー・コマンドと違って収容所の中では楽そうな(あくまで推測ですが、死体を扱うよりはずっといいだろうと思われます)仕事だったからなのかなぁ。それとも冷笑だったのか。別のホロコーストの本でありましたが、どんな体験をしたのか決して理解されない、と考える方は少なくないようでして、この映画の最後に出てくるシムハ=ロッテム氏も「人間の言葉では我々の恐怖を語れない」と言ってます。そんなことを思っての表情だったのかな、とも思います。ビルケナウでの抵抗組織の一員でもありましたが、テレジン収容所(どんなところだったのかは、拙文「ナチ収容所の素敵な生活」もご参考までに)からビルケナウに送られてきたユダヤ人たちを助けようとする際に、結果的にできなくて、この後に自己の生存を図る抵抗組織から得られるものがパンだけであると知り、「そんなことはナチスがやってる」と批判、ビルケナウを脱走する決心をします。1944年5月にハンガリーから100万人単位で移送されてくるとの情報を得ており、そのことを知らせるため、また世界に収容所の事実を伝えるべく。ですが、私たちは知っているのです。そんなことはとうの昔から行われ、アメリカ社会で少なからぬ力を持つユダヤ人たちから連合国の首脳宛にアウシュヴィッツ収容所への爆撃が懇願されておりながら、連合国の首脳が誰一人としてそのことを試そうとしなかったことを。世界は、少なくとも連合国首脳はとうにユダヤ人になされていたことを知っていました。でも、誰一人としてユダヤ人を助けようとせず、その前にドイツを負かせばいいと考えました。きっとルドルフ=ヴルバ氏も後でそのことを知ったのでしょう。自分のことを話す表情は険しいものでした。

 フィリップ=ミュラー。ビルケナウのゾンダー・コマンド。5度もの選別を生き延びた。チェコ系。

証言者の中で最も過酷な体験をされたであろうお一人。ゾンダー・コマンドについては拙文「灰の記憶」なども読んでくだされ。わずか4ヶ月の延命と特別待遇と引き換えの過酷な仕事。その選別を5回も生き延びてるというところがまずすごい。ガス殺された人びとの死体のさまを語る、その静かさ。致死性のガスが投げ込まれたことを知って扉に殺到した人びと、その究極のエゴ、生き延びようと上へ上へと逃げようとしたあげく、下敷きにされた人びとは見分けがつかないほど踏みにじられたと言います。子どもの場合は頭蓋骨が骨折していたこともあると。基本的に感想らしき感想は、ナチスの証言者以外には漏らすことのない監督ですが、この時ばかりは「むごいですね」と言わずにいられない、そんな場面を見てきた人。「いつまでも慣れられなかった」と証言しますが、そんなもん慣れられるわけないです。話はこの前のルドルフ=ヴルバ氏の証言と交差して、おそらくいちばん長く語ってられると思うんですが、テレジン収容所からの移送者が殺される段になると、同国人ということもあって語りが一変します。

移送だと騙されてガス室に入れられてしまった人びとは、嘘の約束をした収容所所長に懇願しますが、そのことが無駄だと知るとチェコの国歌「希望(ハディクヴァ:ヘブライ語)」を歌い始めます(この歌が現在のイスラエルの国歌だそうな)。フィリップ=ミュラー氏は同国人を襲ったただならぬ事態に動揺し、自分だけがこうして生き存えてきたことを無意味だと思ったそうです。同じユダヤ人でありながら、ナチスの側に立って働いている自分、死体の処理は言うに及ばず、彼らを騙してガス室へ行かせなければならない、自分の命と引き換えの仕事。フィリップ=ミュラー氏は人びとと一緒にガス室に入りました。けれど、これから殺されようとしている人びとが彼に言うのです。「あなたの死は無意味です。あなたが死んでも私たちが助かるわけではありません。私たちが受けた苦悩や不正を証言するのがあなたの使命です」。ゾンダー・コマンドとはいえ、一度ガス室にまで入ったユダヤ人をナチスがどうして見逃したのかはわかりませんが、まさにその言葉のとおり、彼は最も重たい証言をするべく、この映画に登場したのでした。

 サミュエル=レーヴィ、モシェ=モルド、アルマンド=アーロン。ギリシャ・コルフ島の生き残り。

アルマンド=アーロン氏はコルフ・ユダヤ信徒共同体の代表。当時か撮影時かは不明。1650人のユダヤ人がいて、生存者は122人。

 ヴァルター=シュティール。ドイツ国鉄第33課、ダイヤ編成課長。隠し撮り。

第33課というのはユダヤ人等を輸送していた特別列車を全て扱っていた課で、その運行調整係です。「スペシャリスト〜自覚なき殺戮者」に登場するアイヒマンもそうですが、自分のしてたことの重要性というか重たさをまったく証言しません。自分はただ仕事をしていただけだと、ただ特別列車が滞りなく走るようにダイヤを調整していただけだと。よく指摘されることですが、ナチスの恐ろしさは実際に殺戮をさせていた人間たちがいかに普通だったか、職務熱心だったかにあると。まさにそのとおりだと思います。自分のしてる仕事と絶対に聞いていたであろうユダヤ人の大量虐殺を結びつけることもしなかった、平々凡々な人間たち。戦後もそのまま勤め、同じような仕事をしていたとか。

 ラウル=ヒルバーグ。歴史学者。アメリカ在住。

ヴァルター=シュティール氏の証言と交差して登場。一度に50両もの貨車に詰め込んでユダヤ人を大量に移送していったナチスのやり方の荒さを指摘。たった1枚の紙切れで大勢の人びとを収容所に送り込むシステム、そこには後の時代の私たちが想像するような機密などありません。それだからかえって目にとまらない犯罪となったのでしょうか。またナチスの絶滅政策には「予算計上がなかった」と証言、だからナチスはユダヤ人の財産を徹底的に奪いました。現地調達というわけです。旧日本軍も似たようなことしてたなぁ。食糧ないから現地で略奪。どーしてこう似てるんだろう?

さらに後半、ワルシャワ・ゲットーのユダヤ人評議会議長アダム=チェルニアコフの日記にからんでも再登場します。ここらへんの証言、と言いますかチェルニアコフ評を聞いてますと、オットー=フランク氏(かのアンネ=フランク嬢の父親。隠れ家の住人の中でただ一人生還)への批判を思い出しました。同じホロコーストを生き延びた方が、オットー氏がアンネたちに実際にナチスがやってきた時にどうすべきか、どう生き延びるべきか教えずに教科を教えているのは現実逃避だと。チェルニアコフはゲットーを維持し、できるだけ多くの住民が生き延びられるよう手を尽くしますが、ナチスがゲットーからトレブリンカへ住民を送るように指示した最初の日の翌日に自殺、ヒルバーグ氏は彼が「ゲットーは維持できる」と思っていたのではと指摘しますが、全ての事実は逆の方向を向いていました。隠れ家にいたオットー=フランク氏がチェルニアコフと同じ考え方をしていたのかどうかは知りませんが、以来、「アンネの日記」を手放しで賞賛するわけにはいかなくなった、単純なやつ。

 ヤン=カルスキ。ポーランド亡命政府の密使。ユダヤ人の抵抗運動の指導者と接触し、ワルシャワ・ゲットーを訪れる。

確か、この前後に実際のゲットーを写した映像が挟まれてたような気がするんですが、記憶曖昧。接触した指導者の1人が「ポーランド貴族」っぽいことに親近感を覚えるあたり、かなり上流階級の方でしょうか? ポーランド亡命政府はこの後、ワルシャワ蜂起を指導したりもしてましたが、先にポーランドを解放したのがソ連だったために戦後は無視され、ポーランドには共産党系の政府が立ちました。ヴィスワ川の手前まで進軍してきたソ連軍が蜂起したワルシャワ市民に手を貸さなかったのは共産党系じゃないことを知っていたからだとか。なんと言いますかね、もう冷戦始まってるんですよね。

 フランツ=グラスラー。法学博士。ワルシャワ・ゲットー司政官の補佐官。戦後は山岳関係の出版社に勤め、山に関する著作あり。

この人だけ隠し撮りじゃありません。ランズマン監督も言ってますが、28歳だろうと30歳だろうとゲットー司政官の補佐官てけっこう地位高いと思います。そうやって自分を卑小化するのはこういう人たちにありがちな話ですね。のっけから「忘れた」とか言って、監督に「思い出す手伝いをしてあげましょう」とか突っ込まれてるし。普通に就職してるということは戦犯としてニュルンベルク裁判で裁かれなかったからでしょうか。堂々と登場してるけど、やってることは確信犯的。全ての面においてゲットーの状況がひどく悪かったことを認めていながら、「自分たちはゲットーを維持しようとしていた」って正当化にもほどがあるように思います。

ただ、たきがは、なんかこの人を見ていて、自分の姿を投影してしまいました。「ああ言えばこう言う」っていうか。屁理屈こねて責任逃れをしようとしているというか。もしも自分があの時代の同じ立場に立たされた時に同じことをしないと言い切れるでしょうか? そこまで強くありたい。言い訳をしたくない。でも実際には命がけでできるかどうかわかりません。すごく重たい問いです。だからホロコースト物を見ずにいられないのです。

 ガートルード=シュナイダーとその母。ワルシャワ・ゲットーの生き残り。

歌を歌うだけの登場です。「この手紙は涙で綴った」とか「これは運命なの」という歌詞がもの悲しく、途中で歌えずに泣き出すのはお母さんの方でしょうか。

 イツハク=ツケルマン、シムハ=ロッテム。ともにワルシャワ・ゲットー戦闘組織の戦士。

イツハク=ツケルマン氏は組織の副司令官ですが、ほとんど話しません。ただ「私の心臓を舐めたらその毒で死ぬよ」って何をか況や。でも、比較できることではないのは承知の上で言うんですが、たきがはとしては、この人たちよりもフィリップ=ミュラー氏のが記憶に残ります。この人たちはゲットーでの事情はどうであれ自由なんですよね。ゲットーで戦うことも逃げ出すことも選べた。そこには人間としての誇りもあったでしょう。でもフィリップ=ミュラー氏はそうじゃないです。絶滅収容所での究極の選択、誇りもへったくれもない。断ればガス室に送られるのは自分かもしれない。そういう立場に置かれた時に何を選ぶことができるでしょう? たとえゾンダー・コマンドになることを断ったとしても、誰かがなるのは間違いないです。ユダヤ人のガス殺が止まることはないのです。人間として辛いのはどっちでしょう? たきがは、圧倒的にフィリップ=ミュラー氏の立場だと思うんす。だって「本当に良き人びとは帰ってこなかった」んですよ。生き延びるために何をしなければいけなかったのか、とても想像できません。

組織がナチスに壊滅させられる前にゲットーを離れた2人、シムハ=ロッテム氏はその日の夜にゲットーを歩き、誰も生き残っていないことを知って「自分が最後のユダヤ人だ」と思ったとか。そうじゃないでしょう。収容所にいるでしょう。なんて思っちゃいましたよ。

個人的にはカットされた人たちの中にも印象深い証言があったので見られなかったのが残念。完全版は映画単体に「ソビブル」というソビブル収容所の証言もついてDVDも5枚組の20000円超。容易に手の出せる代物ではありませんし放送も滅多にないと思いますが、機会があったらぜひ。

(了)

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